昭和二十一年に文部省に設置された「迷信調査協議会」の調査報告書を電子書籍化
価格・ISBN等
★セット価格
ISBN:978-4-86759-703-3 本体価格:¥99,000+税 《分売可》
★分売
『日本の俗信 復刻版 1巻 迷信の実態』 ISBN:978-4-86759-421-6 本体価格:¥33,000+税
『日本の俗信 復刻版 2巻 俗信と迷信』 ISBN:978-4-86759-422-3 本体価格:¥33,000+税
『日本の俗信 復刻版 3巻 生活慣習と迷信』 ISBN:978-4-86759-423-0 本体価格:¥33,000+税
※3アクセスまで同一価格です。
※収録されている表現は、刊行年代・執筆された状況を考慮し、発行当時のまま掲載しております。
ISBN:978-4-86759-703-3 本体価格:¥99,000+税 《分売可》
★分売
『日本の俗信 復刻版 1巻 迷信の実態』 ISBN:978-4-86759-421-6 本体価格:¥33,000+税
『日本の俗信 復刻版 2巻 俗信と迷信』 ISBN:978-4-86759-422-3 本体価格:¥33,000+税
『日本の俗信 復刻版 3巻 生活慣習と迷信』 ISBN:978-4-86759-423-0 本体価格:¥33,000+税
※3アクセスまで同一価格です。
※収録されている表現は、刊行年代・執筆された状況を考慮し、発行当時のまま掲載しております。
書籍詳細
「迷信」か、はたまた「俗信」か。
そして、文部省の狙いとは。当時編纂された書籍から読み解く「日本の伝承」は、貴重な調査記録として存在する。
昭和二十一年(1946年)に文部省により設置された機関「迷信調査協議会」が編纂した書籍『日本の俗信』、第1巻
『迷信の実態』、第2巻『迷信と俗信』、第3巻『生活習慣と迷信』それぞれを電子書籍化。
迷信が人々の生活や考え方に与える影響を明らかにするため、文部省迷信調査協議会が全都道府県を対象に実施した調査
の報告書。
迷信を単に否定するのではなく、その発生・変遷・実態を人文科学、自然科学の両面から検討することを目的とし、
第一回・第二回調査の結果を収録する。
全国各地に調査のために送られた質問内容やアンケート結果や、各分野の識者による論考、座談会、放送劇の台本など、
様々な角度から当時の日本における俗信、迷信を考察できる貴重な資料。
3巻には、別冊「国民生活慣習(迷信・俗信)調査の結果の集計表」付き。
そして、文部省の狙いとは。当時編纂された書籍から読み解く「日本の伝承」は、貴重な調査記録として存在する。
昭和二十一年(1946年)に文部省により設置された機関「迷信調査協議会」が編纂した書籍『日本の俗信』、第1巻
『迷信の実態』、第2巻『迷信と俗信』、第3巻『生活習慣と迷信』それぞれを電子書籍化。
迷信が人々の生活や考え方に与える影響を明らかにするため、文部省迷信調査協議会が全都道府県を対象に実施した調査
の報告書。
迷信を単に否定するのではなく、その発生・変遷・実態を人文科学、自然科学の両面から検討することを目的とし、
第一回・第二回調査の結果を収録する。
全国各地に調査のために送られた質問内容やアンケート結果や、各分野の識者による論考、座談会、放送劇の台本など、
様々な角度から当時の日本における俗信、迷信を考察できる貴重な資料。
3巻には、別冊「国民生活慣習(迷信・俗信)調査の結果の集計表」付き。
刊行年代
昭和(戦後)
収録巻数・目次等
◆ 一巻 迷信の実態 ◆
第一章 迷信調査の結果と解説
第二章 昭和二十四年度調査の手引
第三章 緣起、言い習わし集
第四章 天文暦法に關する迷信の解明
◆ 二巻 俗信と迷信 ◆
第一章 總論
第二章 各論
第三章 結婚・妊娠に關する迷信の解明
第四章 付録
◆ 三巻 生活習慣と迷信 ◆
第一章 国民慣習(迷信・俗信)) 調査の経過と調査結果の概要
第二章 農林漁業者と迷信
第三章 暦に関する慣習調査結果の解説 ―第一回と第二回の調査の比較を中心に―
第四章 霊魂信仰による生活慣習の分布
第五章 民間療法と迷信
第六章 日の吉凶と医事衛生
第七章 運勢判断に関する迷信の解明
第八章 生活慣習の傾向について ―調査結果の問題別分祈―
第九章 縁起・言いならわし集
別冊「国民生活慣習(迷信・俗信)調査の結果の集計表」
第一章 迷信調査の結果と解説
第二章 昭和二十四年度調査の手引
第三章 緣起、言い習わし集
第四章 天文暦法に關する迷信の解明
◆ 二巻 俗信と迷信 ◆
第一章 總論
第二章 各論
第三章 結婚・妊娠に關する迷信の解明
第四章 付録
◆ 三巻 生活習慣と迷信 ◆
第一章 国民慣習(迷信・俗信)) 調査の経過と調査結果の概要
第二章 農林漁業者と迷信
第三章 暦に関する慣習調査結果の解説 ―第一回と第二回の調査の比較を中心に―
第四章 霊魂信仰による生活慣習の分布
第五章 民間療法と迷信
第六章 日の吉凶と医事衛生
第七章 運勢判断に関する迷信の解明
第八章 生活慣習の傾向について ―調査結果の問題別分祈―
第九章 縁起・言いならわし集
別冊「国民生活慣習(迷信・俗信)調査の結果の集計表」
推薦(敬称略)
迷信が俗信として生きていた時代の記録
伊藤龍平 (國學院大學文学部教授)
『日本の俗信』全三冊は、終戦後間もない一九四六年に、迷信調査協議会によって編纂された。
シリーズ名は『日本の俗信』であるのに、各巻のタイトルは、一巻『迷信の実態』、二巻『俗信と迷信』、三巻『生活慣習と迷信』で、
「迷信」と「俗信」という二つの語が入り乱れている。
一方、収録された論文名は、「迷信」を使用したものが多数を占める。『俗信と迷信』の巻頭論文では両者の違いについて書かれてい
るが、今日に 至るまでこの二つの語は付かず離れずの関係を保ってきた。
現在、民俗学の用語として「迷信」が使用される機会は少ない。
「迷」という語に、未開人(この語も今は使用されない)に対するような評価が入っているからである。
加えて、誤った知識というニュアンスもあり、ここから迷信は科学の発展を阻害するもの、撲滅すべきものだという認識が生じた。
文部大臣によって書かれた『迷信の実態』の「序」にも「迷信は日本国民の生活の精神的基盤を侵食する傾向が、すこぶる強く、国民の
日常生活の面が、迷信または迷信的傾向によって制約を受けていることが多い」とあり、それが迷信調査の企画意図、ならびに迷信調査
協議会の設置の目的だった。
迷信に代わって、民俗学で使用されるようになったのが「俗信」である。俗信にも多少否定的なニュアンスはあるが、先祖の生活の知恵
として、日本人の心性の反映として、事実あるか否かはさておき、大切にしなければいけないものという肯定的な色合いがある。
迷信と俗信の違いは、意味内容というよりも、人々が向けた視線にある。
あらためて読みなおすと、『日本の俗信』は、俗信より迷信という語が優勢だった時代に世に出たことが分かる。『迷信の実態』の「まえ
がき」の冒頭には、文部省に寄せられたという「一主婦」の手紙が、いささか不釣り合いなほどの長さで引用されている。「
私は大変迷信に苦しめられています」という書き出しのこの手紙には時代の空気がよく表れている。
裏を返せば、撲滅しようと思わなければいけないほど俗信が迷信として生きていた時代の記録が、この『日本の俗信』だといえる。
貴重な記録である。
ふり返ると、民俗学は消えゆく予感がする生活習慣を民間伝承と見なし、主たる研究対象としてきた。俗信もその一つである。
俗信研究の足元を見つめ、今後につなげるためにも必読の書が、こうした形でよみがえるのは、実に喜ばしい。
学問が社会にいかに働きかけ得るかの実践としての『日本の俗信』
飯倉義之 (國學院大學文学部教授)
『日本の俗信』全三冊(一九四九~五五)は敗戦の翌年、一九四六年に文部省に設置された「迷信調査協議会」が行った「各地に於ける
慣習状況調査」の結果報告書である。
ここでいう「慣習状況」とは「生活における迷信の実践状況」である。公的機関による迷信調査として当時も大いに話題となった。
なぜこのような調査が行われたのか。
本書の端々からうかがえるのは、根強く残る迷信が「文化国家建設」「国民生活の科学化」の妨げになっており、日本の再建・復興を
遅らせているという強い問題意識である。
一巻『迷信の実態』では調査結果の報告が、二巻『俗信と迷信』では調査結果を受けての総論と各論とがまとめられている。
三巻『生活慣習と迷信』は第二回調査の報告と分析である。
このうち、二巻の総論の最後に載せられた委員による座談会「迷信をどう考えるか」が興味深い。
委員は社会科学・自然科学・宗教信をどう考えるか」が興味深い。
委員は社会科学・自然科学・宗教者等で構成される。民俗学からは今野圓輔が毎日新聞社社員の肩書で参加している。
座談会では東京大学医学部の日野寿一が、迷信を科学的に合理か非合理かの論理で規定し、多くの民間信仰を迷信に含めるよう主張する
のに対し、今野が民俗文化の観点から擁護する形で鋭い舌戦が繰り広げられる。
例えば日野は「虫送り行事」などは迷信でよいと言い、今野がそれは民間信仰だと反駁する場面もある。
しかし両者を含む委員の根底には「迷信の害悪を取り除いて国民生活を改善する」という理念が共有されていることもまた読み取れるの
である。
二巻巻末にはNHKのラジオドラマ「放送劇『迷信退治』」の台本も掲載されるなど、調査を単なる現状把握に終わらせず、生活改善や
医療や農業技術の普及を妨げる迷信の打破、教育による科学的思考の徹底など、敗戦日本の抱える社会問題を乗り越えるための実践に
つなげようとする強い意志が見て取れる。
その根底には国民が自ら主体的に考えようとしないまま「迷信的」にふるまい続けて敗戦を招いたことへの後悔もあるのではないか。
さまざまな学問分野の知見を持ち寄り、協業して社会を変える力にしていかなくてはいけないという本書の姿勢は、知識が細分化され、
異分野間での対話が難しくなっている今、学問の社会的発信力が低下している今こそ参照されるべきである。
本書は過去の貴重な調査記録であると同時に、学問の社会貢献の実践例としても読むべき価値があると考える。
伊藤龍平 (國學院大學文学部教授)
『日本の俗信』全三冊は、終戦後間もない一九四六年に、迷信調査協議会によって編纂された。
シリーズ名は『日本の俗信』であるのに、各巻のタイトルは、一巻『迷信の実態』、二巻『俗信と迷信』、三巻『生活慣習と迷信』で、
「迷信」と「俗信」という二つの語が入り乱れている。
一方、収録された論文名は、「迷信」を使用したものが多数を占める。『俗信と迷信』の巻頭論文では両者の違いについて書かれてい
るが、今日に 至るまでこの二つの語は付かず離れずの関係を保ってきた。
現在、民俗学の用語として「迷信」が使用される機会は少ない。
「迷」という語に、未開人(この語も今は使用されない)に対するような評価が入っているからである。
加えて、誤った知識というニュアンスもあり、ここから迷信は科学の発展を阻害するもの、撲滅すべきものだという認識が生じた。
文部大臣によって書かれた『迷信の実態』の「序」にも「迷信は日本国民の生活の精神的基盤を侵食する傾向が、すこぶる強く、国民の
日常生活の面が、迷信または迷信的傾向によって制約を受けていることが多い」とあり、それが迷信調査の企画意図、ならびに迷信調査
協議会の設置の目的だった。
迷信に代わって、民俗学で使用されるようになったのが「俗信」である。俗信にも多少否定的なニュアンスはあるが、先祖の生活の知恵
として、日本人の心性の反映として、事実あるか否かはさておき、大切にしなければいけないものという肯定的な色合いがある。
迷信と俗信の違いは、意味内容というよりも、人々が向けた視線にある。
あらためて読みなおすと、『日本の俗信』は、俗信より迷信という語が優勢だった時代に世に出たことが分かる。『迷信の実態』の「まえ
がき」の冒頭には、文部省に寄せられたという「一主婦」の手紙が、いささか不釣り合いなほどの長さで引用されている。「
私は大変迷信に苦しめられています」という書き出しのこの手紙には時代の空気がよく表れている。
裏を返せば、撲滅しようと思わなければいけないほど俗信が迷信として生きていた時代の記録が、この『日本の俗信』だといえる。
貴重な記録である。
ふり返ると、民俗学は消えゆく予感がする生活習慣を民間伝承と見なし、主たる研究対象としてきた。俗信もその一つである。
俗信研究の足元を見つめ、今後につなげるためにも必読の書が、こうした形でよみがえるのは、実に喜ばしい。
学問が社会にいかに働きかけ得るかの実践としての『日本の俗信』
飯倉義之 (國學院大學文学部教授)
『日本の俗信』全三冊(一九四九~五五)は敗戦の翌年、一九四六年に文部省に設置された「迷信調査協議会」が行った「各地に於ける
慣習状況調査」の結果報告書である。
ここでいう「慣習状況」とは「生活における迷信の実践状況」である。公的機関による迷信調査として当時も大いに話題となった。
なぜこのような調査が行われたのか。
本書の端々からうかがえるのは、根強く残る迷信が「文化国家建設」「国民生活の科学化」の妨げになっており、日本の再建・復興を
遅らせているという強い問題意識である。
一巻『迷信の実態』では調査結果の報告が、二巻『俗信と迷信』では調査結果を受けての総論と各論とがまとめられている。
三巻『生活慣習と迷信』は第二回調査の報告と分析である。
このうち、二巻の総論の最後に載せられた委員による座談会「迷信をどう考えるか」が興味深い。
委員は社会科学・自然科学・宗教信をどう考えるか」が興味深い。
委員は社会科学・自然科学・宗教者等で構成される。民俗学からは今野圓輔が毎日新聞社社員の肩書で参加している。
座談会では東京大学医学部の日野寿一が、迷信を科学的に合理か非合理かの論理で規定し、多くの民間信仰を迷信に含めるよう主張する
のに対し、今野が民俗文化の観点から擁護する形で鋭い舌戦が繰り広げられる。
例えば日野は「虫送り行事」などは迷信でよいと言い、今野がそれは民間信仰だと反駁する場面もある。
しかし両者を含む委員の根底には「迷信の害悪を取り除いて国民生活を改善する」という理念が共有されていることもまた読み取れるの
である。
二巻巻末にはNHKのラジオドラマ「放送劇『迷信退治』」の台本も掲載されるなど、調査を単なる現状把握に終わらせず、生活改善や
医療や農業技術の普及を妨げる迷信の打破、教育による科学的思考の徹底など、敗戦日本の抱える社会問題を乗り越えるための実践に
つなげようとする強い意志が見て取れる。
その根底には国民が自ら主体的に考えようとしないまま「迷信的」にふるまい続けて敗戦を招いたことへの後悔もあるのではないか。
さまざまな学問分野の知見を持ち寄り、協業して社会を変える力にしていかなくてはいけないという本書の姿勢は、知識が細分化され、
異分野間での対話が難しくなっている今、学問の社会的発信力が低下している今こそ参照されるべきである。
本書は過去の貴重な調査記録であると同時に、学問の社会貢献の実践例としても読むべき価値があると考える。
おすすめ
民俗学、文化人類学、郷土史、社会学、宗教学、言語学、神道の研究者、公共図書館、大学図書館